私たちの動物生命システム科学専修は農学部の大学院重点化が完了した結果、本年度から発足することになった新しい専修です。正確には学生諸氏を迎えて、はじめて発足するというべきでしょう。
従って教官一同もどのように教育システムを確立すべきか、正直なところ模索中です。ただ比較的小人数(現在7名)でスタートできるということを最大限に生かして教育に当たりたいと考えています。3年生の時の学生実験、実習は以下に述べる研究グループを順番に遍歴しつつ、各グループの研究活動を見ながら、研究に必要な基礎を学習し、4年生の時期には自分に一番適当と思われるグループに所属して卒業実験と演習を行ってもらおうと思っています。
専修専門科目は、高次生体制御学および動物機能科学の実習および演習、そして卒業論文から構成されていますが、これは動物生命システム科学専修の教育に深く関わる大学院農学生命科学研究科の応用動物科学専攻が、高次生体制御学および動物機能科学の二つの大講座から成り立っていることによります。この応用動物科学専攻の二大講座には、応用遺伝学、応用免疫学、動物細胞制御学、野生動物学(以上4研究分野が高次生体制御学講座)、細胞生化学、動物行動学、病態制御学、実験資源動物学(以上4研究分野が動物機能科学講座)のあわせて8つの研究グループがあります。
この応用動物科学専攻は平成2年に、国際的な食料生産と環境保護のあり方を中心課題に据え、従来の獣医学や畜産学などの学問体験を基礎におきながら、近来におけるめざましい基礎生物学の発展の成果をこの課題にそそぎ込み、高度の知識や研究経験を有する人材を育成する目的で設置されました。東京大学ばかりでなく全国各地の大学の様々な分野から、修士課程には約30名、また博士課程には十数名の学生が毎年進学し、いずれかの研究グループに所属して、分子生物学から生態学にいたる極めて幅広い領域で研究活動を繰り広げています。
動物生命システム科学専修に進学した学生は、前述のように3年次にまず実験や実習のためにこれらの研究グループを順番に訪れ、また4年次には卒業研究のために、いずれかの研究グループに所属することになりますので、ここで各研究グループの主な研究活動について簡単に紹介しておきたいと思います。
応用免疫学研究グループでは、免疫現象を担う物質を遺伝子レベルで明らかにし、生命現象の理解と病気の免疫学的治療・予防法の開発を目指した研究を行っています。とくに現在話題になっているプリオン病や原虫病については、以前よりその発症メカニズムと生体防御機構の解明に重点を置いた研究を展開しています。
応用遺伝学研究グループでは、哺乳類の生殖系列細胞や初期胚の体外培養とその人為的操作、また外来遺伝子導入や胚操作といった最新のバイオテクノロジーを駆使して、着床・胎盤形成機構の解析や、哺乳類の性決定機構に関する研究、あるいは遺伝子導入動物の医学・獣医学・畜産学的応用に関する研究といった幅広い研究活動を行っています。
動物細胞制御学研究グループでは、培養動物細胞を用いて細胞生物学的・分子生物学的テクニックを駆使した研究を展開しています。より具体的には、ヒト染色体21番がコードする重要な蛋白質の遺伝子発現制御機構の解明を中心としたダウン症の発症機構に関する研究や、インスリン様成長因子の細胞内情報伝達機構と結合タンパクによる生理活性の調節機構の解明などに関する研究が進められています。
野生動物学研究グループでは、野生動物(哺乳類、鳥類、節足動物)の生態学的研究を通して、生物多様性の仕組み、進化、保全に関わる基礎および応用研究を幅広く行っています。最近の研究課題としては、草食獣の生態、ことに植物群落との相互関係や、希少鳥類の生態と保護に関する研究、捕食性摂食動物の餌利用と生活史特性との関係についての研究などが挙げられます。
細胞生化学研究グループでは、生物にとっての普遍性分子であるDNA/mRNAと、多様性分子である糖鎖(糖タンパク質、糖脂質)を中心に、生化学的手法や遺伝子工学、糖鎖工学の先端的手法を使って、広く生命現象を分子レベルで解釈する一般概念の確立に努めています。現在の主な研究対象は、哺乳類を特徴づける胎盤と胎仔中枢神経の発達と機能調節に関するものです。
動物行動学研究グループでは、動物の示す様々な行動の多様性と統一性を明らかにし、それぞれの行動に隠された適応的意義とそのメカニズムを解明することを目的とした研究を進めています。現在の主要な課題として、哺乳類における化学的情報通信と行動発現の中枢畿構に関する研究を中心に、神経行動学的研究から生態学的研究に至る広範なテーマに取り組んでいます。
動物病態制御グループでは、感染症を引き起こす病原体(ウイルス、バクテリア、原虫など)と宿主である動物との関係をいろいろな側面から研究してゆくことを長期的な目標にしています。現在の研究は、動物ウイルスの増殖機構についての分子レベルでの解析、遺伝子工学を応用した組み替えワクチンの作出などを中心としています。
実験資源動物科学研究グループ(附属牧場)では、馬、牛、豚、山羊、緬羊といった家畜を個体あるいは群として、さらには生態系内での動物群としてとらえて、様々な観点に立った研究を進めています。具体的には、実験用動物の系統造成、家畜における発生工学、内分泌機能に与える環境要因の影響などに関する研究が行われています。
以上のように、動物生命システム科学専修では、基礎生物学分野における研究成果を基盤とし、多様な生命現象を分子から生態系にいたる様々なレベルでとらえ、応用生命科学の視点からそのメカニズムを解明するとともに、得られた成果を人類の福利に関わる問題へと応用する道を探索することに教育・研究の重点を置いています。社会の期待や要請に対応しながら、真にオリジナリティに富む研究アプローチが可能となるよう、動物を対象とした新しいバイオテクノロジーの開発や応用に関する先端的研究を世界的レベルで進めることを目標に努力しており、チャレンジ精神に満ちた学生諸君の参加を期待しています。